片付け方を見ればわかる

物事の扱い方には性格が出るものである。

ちょっとした小物なんかでも、元に戻すときに丁寧に畳んだりしまったりして綺麗にする人もいれば、どうせまた使うからという理由で置くだけで置いて雑に戻す人もいて本当に様々だ。

服の保存法や机の片づけ具合においては、その差異が如実に表れる。綺麗にしまうことが当たり前な人もいれば、まったく気にせずに散らかす人もいる。

こんなことを羅列している当人は後者である。丁寧に片付ける人の跡を見ると反省する。逆も然りで、あまりにも片付けが行き届いてない人を見ると自分も気を付けようという意識が働く。

普段の生活のなかでも、整理整頓や掃除の程度にその人の人となりは表れやすいと思うので、気を付けようと感じた。

なぜそうなるのかを説明できるようにする

従来の教育の影響もあり、私たちはなにかと一つの正解、答えを求めがちである。答えが合っていれば良しとされ、その方法で今までの試験全てを突破してきたためだ。

 

答えさえあれば成績が取れるなんて手法は、やはり勉強としては意義のあるものとは言えない。学校にはあくまで思考のプロセスを学びに行くのであり、答えだけ知りたいなら行く必要はない。一つの正解に辿り付ければ満足し、なぜその答えになるか考えようとしない。だから記憶に残らずに暗記で覚えようとする。これでは何のために学んでいるのかわからなくなるだろう。

 

自分で試行錯誤して考える時間を自分でつくりものにする習慣が、続いているかどうかでのちの成果は何倍にも変わってくる。思考の過程は記憶に残るとともに、本質的な理解に近づけて暗記をする必要もなくなる。時間はかかれど、少しでも意味のある勉強を積み重ねていければと思う。

いつまで続くのか

4度目の緊急事態宣言。そのなかでのオリンピック開催。矛盾だらけの実態に混乱と不満と怒りが入り混じる。

個人や地域は我慢を強いられ、国のイベントは優先され続ける今の社会は明らかにおかしい。おかしいのだが、おかしいと思うままで何もできない無力さにもやるせなさを感じる。twitterではオリン中止を求めて抗議する人が沢山いるが、政府は国民たちの意見など全く、目を向けるつもりもないのだろう。宣言下の休業補償もままならないままに大会の強行突破を図る必要性がどこにあるのだろうか。

ネットでこれだけの意見が出ていても、「お構いなし」なのだろう。責任を取るつもりもなさそうだ。わたしたちは従うことしかできないのだろうか。本当に今のままでいいのだろうか。

目を掻いてはいけない

最近痒みに負けてつい目元を摩擦してしまう。迂闊に目を擦ると、想像以上に状態が悪化する。目尻のあたりが腫れた感じがして違和感があり、鏡で見ると、白目の一部分がゼリー状にブヨブヨと腫れてしまっている。

 

これは、結膜浮腫というらしい。白目の表面には結膜という透明な膜があるが、もともとこれは白目の表面にピッタリついているわけではなく、少し余裕がある。何らかの原因でこの結膜の下に水がたまってむくんだ状態を指すそうだ。

https://www.morimura-ganka.com/desease/detail/detailG000000017_1.html

 

何らかの原因というと、直接擦ることが第一に挙げられる。アレルギー性結膜炎があってかいてしまうとなりやすい症状らしい。大抵は放置しておくと自然と治るそうだが、見た目としては痛々しく心配になるので目薬をさしている。

 

痒みに堪え切れない故に搔いてしまうが、やはり直接刺激してしまうのは目にも皮膚にも良くない。目元に行ってしまう手をどうにか引っ込めたい。

言葉にしないと伝わらない

例え身内であろうと、自分の思っていること、考えていることを言葉にして相手に伝えないと理解されない。

これをされて嫌だった、悲しかった、嬉しかったなど、出来事に対して自分がどういう理由でどう感じ、どうしたいかを伝えるのは、どんな相手でも忘れてはいけない姿勢だ。下手に萎縮したり遠慮したりして自分が抑え込んでも、かえってそれが身勝手で主体性の無いように思われることもあるからだ。

相手は自分の考えていることなど、エスパーでもない限り基本的にははっきりとはわからない。理解し得ないこともあるから伝えてみることが大事である。

外と中で気分が変わる

外に居続ければ開放的な気分になるが、内にこもり続ければ閉鎖的な気分になる。

対面授業とオンライン授業並行を通じて感じる、自身の気分の波に飲み込まれそうになっている。本来なら毎日行っているはずの生活だが、入り混じると心の切り替えが必要となる。規則正しい生活を基盤に、精神の安定に努めたい。

休みの前日の方が楽しい

土日になったと思えば月曜日がやってくる。課題ややりたいことがあったはずなのに、消化しきれていない。そうなると日曜の夜は大抵絶望している。

1週間が早く感じることもあって、次の週が来ることに抵抗感を覚えてしまう。結局は休みの前日、金曜日の夜が一番快適である。なにからやろうか、なにをしようかと心のゆとりが生まれていて、何より土日が始まっていない状況だからだ。

日曜の夜に憂鬱になる感覚はどうにかならないものだろうか。今のところ、金曜日の準備次第で変わるかもしれない。